『傷寒論講義』を読む(2)
塚田健一
(栃木県真岡市 つかだ薬局)

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第四章、第五章、第六章、第七章、第八章、第九章、第十章、第十一章

以上の八章は疑うらくは、傷寒論の本文に非ざらん。何となれば其の論ずる所、或は伝経(でんけい)の説(『素問』熱病篇における病の経脈を通した伝わり方、第四章、第五章、第八章、第十章が該当する)を以てし、或は温病、風温の説(傷寒論中他に論ずる所なし、第六章)を挿(はさ)み、或は陰陽の数(第七章、第八章)及び陰陽生旺の理に拠りて、病癒ゆるの期を定め(第九章)、或は病者の自覚症のみに因りて病の本態を断ずる(第十一章)等、是れ皆一貫せる本書の大旨(およその意味)に違えばなり。

正文と後人の補入文

現今伝わっている傷寒論の骨組みは、張仲景(ちょうちゅうけい)から約百年後の西晋の時代に、時の大医令王叔和(おうしゅくか)によって再編纂されたものが礎となっている。叔和は傷寒論を後世に残したとして、歴史的にはその功績は仲景と共に評価されるべきである。しかしその編纂時において条文の至る所に、叔和の私見が攙入し、仲景の元の原文の体裁は失われてしまっている。

傷寒論の場合、どの条文を正文とし、どの条文を後人の補入とするかを決定することは重要な作業で、大まかにはその文体を見れば判別がつく。しかし仔細に見ていこうとすると、実は大変に難しい作業である。それは傷寒論のどの註解書を取ってみても、一つとして正文の選択が同じではないことからも明かである。

奥田謙蔵先生の『傷寒論講義』は、そうした中において、正文を選別する時の一つの指針となっており、細野史郎先生の『臨床傷寒論』でも、本書を参考に論を進めている。奥田先生は和田東郭(わだとうかく)ほどではないが、「疑わしきは正文に非ず」の姿勢を取っており、特に『黄帝内経』の影響を徹底して排することで、他の古医書と全く異なる「治法書」としての傷寒論の本質を顕在化させることに成功している。

初めて傷寒論を読む場合には、単に正文の条文だけを逐うのではなく、傷寒論全体を俯瞰的に見るべきで、後人の補入と見做した条文についても、何故後人の説なのか目を通しておくことは必要である。

熱性証と寒性証の区別

第七章「病、有発熱悪寒者、発於陽也、無熱悪寒者、発於陰也、発於陽者、七日愈、発於陰者、六日愈、以陽数七、陰数六故也、」については、前半部分を正文と見做して陰陽発病の岐路を解説する先哲が少なくない。中西深斎(なかにししんさい)然り、川越衡山(かわごえこうざん)然り、浅田宗伯(あさだそうはく)然り。即ち「病、発熱(ほつねつ)有りて悪寒する者は、陽に発(はっ)するなり、熱無く悪寒する者は、陰に発するなり」までである。

凡そ病の起こり方に二道あり、陽に発する者と、陰に発する者とがある。陽に発する者とは太陽病を指し、陰に発する者とは少陰病、即ち直中(じきちゅう)の少陰を指す。

本章を知っていると直中の少陰(陽病を得ずにいきなり少陰から始まる病、のどチクの麻附細の風邪など)が何故起こるのかは容易に理解しやすい。しかし本章を正文としなくとも、太陽病と少陰病の提綱と病む部位の関係から、直中の少陰を理解することは出来る。

奥田先生は一時本章を正文と見做していたことがあり、「是れ全篇の大旨にして、熱性証、寒性証の根本的区別なり」(『古医学研究』)と解説している。

第十二章、第十三章、第十四章

初章(第十二章)に於いては、先ず桂枝湯の軌範を略示し、次章(第十三章)に於いては、桂枝湯の正証を明らかにし、終章(第十四章)に於いては、桂枝湯の一加味方を示し、而して皆未だ汗、吐、下を経ざる単純の病に就きて論を起こせるなり。

第十二章

太陽中風、陽浮而陰弱、陽浮者、熱自発、陰弱者、汗自出、嗇嗇悪寒、淅淅悪風、翕翕発熱、鼻鳴、乾嘔者、桂枝湯主之、

【訓読】

太陽の中風(ちゅうふう)、陽浮にして陰弱、陽浮は熱自(おの)ずから発し、陰弱は、汗自ずから出ず。嗇嗇(しょくしょく)として悪寒(おかん)し、淅淅(せきせき)として悪風(おふう)し、翕翕(きゅうきゅう)として発熱(ほつねつ)し、鼻鳴(びめい)し、乾嘔(かんおう)する者は、桂枝湯之を主(つかさど)る。

【本章の意義】

第二章「名為中風」 → 第十二章

此の章は、第二章の「名づけて中風と為す」の句を承けて、其の太陽位に於ける中風の証を挙げ、以て桂枝湯の規範を略論するなり。
此の章に拠れば、桂枝湯は、病の初発にして、発熱、悪風し、自汗出ずるの傾向有りて、伏し結ぼるの状無き者を表解するの能有りと謂うべきなり。

【語句解説】

太陽中風

此の章、第二章を承く。故に「太陽の中風」を冒頭と為す。

陽浮而陰弱

陽とは、太陽を主として少陽、陽明に通じ、陰とは三陰を通称し、脈を以て〔三陰三陽の〕証の機変を概論するなり。即ち陽証を以て言えば、「脈浮」は其の熱自然に発するの勢あり。陰証を以て言えば、「脈弱」は遂に〔太陰、少陰、厥陰の〕三陰に陥(おちい)らんとするの機なり。是れ蓋し太陽中風の脈例を示し、而して予め陰陽転変の機を茲に察するを論じたる者なり。

陽浮者、熱自発、陰弱者、汗自出

之を要するに、陽に於ける浮は、斯に熱自ずから発するを知り、陰に於ける弱は斯に汗自ずから出ずるを知る。仮に〔陰証は〕汗無しとするも、而も汗有るの例なり。

嗇嗇悪寒

「嗇嗇」は、緊縮の貎、此れ主として「悪寒」の形容なり。

淅淅悪風

「淅淅」は、水を灑(そそ)ぐの貎、此れ主として「悪風」の形容なり。

翕翕発熱

「翕翕」は均斉(きんせい)(つりあいがとれて整っていること)の貎、表熱の俄(にわか) に発現して均斉なるの形容なり。

太陽病に於いては「翕翕として発熱す」と言い、陽明病に於いては「蒸蒸として発熱す」と言う。是れ翕翕と蒸蒸とを以て太陽の発熱と、陽明の身熱とを区別するなり。

鼻鳴乾嘔者

「鼻鳴」するは、鼻腔狭まりて気息流利せざるが為なり。「乾嘔」するは、気上衝して下行せざるが為なり。

桂枝湯主之

之を桂枝湯の主治と為す。「之を主る」とは、与(あと)うるに、二物無し。即ち之を主として、他に用うべき薬方無しとの謂なり。

桂枝湯の規範とは?

『漢法ルネサンス』の前身、『現代類聚方』の編集に関わった時、本章のコメントに短く「規範」とだけ書かれていた。しかしこれがどういう意味なのかさっぱり分からなかった。

規範といえば、手本とか、判断、評価の拠り所になるといった意味である。もし次章の第十三章をもって桂枝湯の規範とするのならば、それは理解できる。桂枝湯の正証だからだ。本章は確かに「桂枝湯之を主る」とあり桂枝湯の主治ではある。しかしこれでもって桂枝湯の規範とするのはどうにも合点がいかなかった。けれども他の註解書を見ると、やはり本章は桂枝湯の規範となっている。

今となっては分からなかったのは当然で、本章における桂枝湯の規範とは、条文ではなく次の「桂枝湯の方」のことである。これ以後桂枝湯類の服用方法はここを規範とするのである。

但し本章は全文を見ていくと、薬方証から薬方及びその服用法、禁忌等まで残らず備わり、且つ薬方証の文においても悪風悪寒、発熱の形容をも説明し尽くしており、その意味では後の薬方を載せたる条文の文法上の総規範と見ることもできる。

本章は傷寒論中での序列が重要なのであって、『類聚方』のように前後の文との関係を切り離してしまうと、本章の論点は見えなくなってしまう。傷寒論の深奥部を伺える所である。

陽浮にして陰弱

ここは第三章の「脈陰陽倶緊者」と同じで、脈の陰陽の解釈が頗る難解である。伝本によっては傍注となっているものもある。

第三章でも述べたが、傷寒論中で脈の陰陽について述べた場合は、一つは脈診法として、寸、関、尺の三部九候、又は関上の浮沈で捉える解釈と、もう一つは病んでいるステージとして三陰三陽の病位で捉える解釈である。奥田先生はここでは完全に後者で解釈をされている。

すると本章は一見軽微なる太陽中風の桂枝湯の証でありながら、その後の変化によっては病位に陰陽転変の機があることを述べて、実はその治法をも論じている。つまりここで桂枝湯という発汗の剤、厳密に言えば解肌(げき)の剤によって過不足無き発汗を得て病を表解するならば、その機変を未然に防げるのである。

太陽中風の表証でありながら、傷寒や裏証を思わせる嗇嗇悪寒や乾嘔が出てくるのもその伏線である。

そう考えると桂枝湯の方後にある「熱稀粥一升余りを歠(すす)り」以下の詳細をきわむ服後の例の重要性が見えてくる。後章桂枝湯をもって、発汗の義について言及する条文が多いのも、この章にある通り桂枝湯での発汗の過不足により陰陽転変の機があるからである。

薬方を載せた最初の条文で、且つ桂枝湯の方の規範となる重要な条文に、わざわざ桂枝湯の正証を退けて、この変証を持ってきたのはこうした理由による。たかが桂枝湯と思って発汗の法を見くびると、そこから陰証に陥ることもあるので警告しているのである。

嗇嗇、淅淅、翕翕

何れも同じ字を重ねることで、その状態を表す熟語で、これを重字(ちょうじ)または重言(ちょうごん)という。

鼻鳴と乾嘔

鼻鳴に関しては、鼻づまりだけでなく、くしゃみをも含むという説がある。乾嘔は声だけのからえずきだが、これを本に妊婦の軽いつわりに桂枝湯を使うことがある。

桂枝湯方
桂枝三両 芍薬三両 甘草二両 生薑三両 大棗十二枚
右五味、〓咀、以水七升、微火、煮取三升、去滓、適寒温、服一升、服已、須臾、歠熱稀粥一升余、以助薬力、温覆一時許、遍身〓〓、微似有汗者益佳、不可令如水流漓、病必不除、若一服、汗出、病差、停後服、不必尽剤、若不汗、更服、依前法(注3)、又不汗、後服少促〓其間(注4)、半日許、令三服尽、若病重者、一日一夜服、周時観之、服一剤尽、病証猶在者、更作服、若汗不出者、乃服至二三剤、禁生冷、粘滑、肉麪(注5)、五辛、酒酪、臭悪等物、

※注3…原文「前方」とあるも諸本により「前法」とす

※注4…「〓」の字、恐らくは衍ならん

※注5…「麪」は正字、「麺」は俗字

【訓読】

桂枝湯の方
桂枝三両 芍薬三両 甘草二両 生薑三両 大棗十二枚

右五味、〓咀(ふそ)し、水七升(しちしょう)を以て、微火(びか)にて、煮て三升を取り、滓(かす)を去り、寒温(かんおん)に適(てき)し、一升を服す。服し已(おわ)って、須臾(しゅゆ)に、熱稀粥(ねつきしゅく)一升余りを歠(すす)り、以て薬力を助(たす)け、温覆(おんぷう)一時許(いちじばか)りならしむれば、遍身(へんしん)〓〓(ちゅうちゅう)として、微似(びじ)して汗(あせ)有る者益(ますます)佳なり。水の流漓(りゅうり)したる如くならしむべからず。病(やまい)必ず除かれず。若し一服、汗出(い)で、病差(い)ゆれば、後服を停(とど)め、必ずしも剤を尽(つく)さず。若し汗せざれば、更に服すること、前法に依(よ)る。又汗せざれば、後服は少しく其間を促(うなが)し、半日(はんじつ)許りにして、三服を尽さしむ。若し病重き者は、一日一夜(いちじついちや)に服し、周時(しゅうじ)之を観(み)る。一剤を服し尽し、病証猶(な)お在る者は、更に作り服す。若し汗出でざる者は、乃ち服すること二三剤に至る。生冷(せいれい)、粘滑(ねんかつ)、肉麪(にくめん)、五辛(ごしん)、酒酪(しゅらく)、臭悪(しゅうあく)等の者を禁ず。

【桂枝湯の方の意義】

凡そ発汗の法は皆宜しく範(規範)を茲に取るべきなり。後章には、往々「桂枝の法の如く消息(しょうそく)及び禁忌す」の語有り。蓋(けだ)し此の章を指して言うなり。

【語句解説】

〓咀

物をもって拍砕(はくさい:叩いて細かにする)するを謂うなり。

適寒温、服一升、服已、須臾、歠熱稀粥一升余、以助薬力

此の証、自汗出ずるの傾向あり。故に特に熱稀粥を啜りて精気を補足し、以て桂枝湯の作用を助くるの要あり。

遍身〓〓、微似有汗者益佳

「〓〓」は、小雨輟(や)まざるの貎。「微似」とは、精妙に嗣承す(後をうけつぐ)との謂なり。

不可令如水流漓、病必不除

此れ発汗の過当(かとう)(適正である限度を超す様子)を誡(いまし)む。

若一服、汗出、病差、停後服、若不汗、不必尽剤

「一剤」とは、薬の全量を謂い、「一服」とは、通常其の三分の一を謂う。

禁生冷

「禁」は禁止なり。食禁は、唯其の大法を示すなり。

生冷

「生」は煮熟せざる物なり。「冷」は性の冷なる物を謂うなり。

粘滑

〓〓(しこう)(〓は「もち」、〓は「こなもち」)、油膩(じ)(油も膩も「あぶら」)の類なり。

肉麪

肉類及び麪類なり。

五辛

辛辣(しんらつ)物の総称なり。

酒酪

「酒」は酒類。「酪」は酢〓を指して言う。

方とは

傷寒論では薬には「方」と云い、治には「法」と云う。法が定まって、然る後に方が定まる。方とは方隅(ほうぐう:四方または片隅の意)の方で、変易(へんえき)することの出来ないものである。薬は一定に定まって、変易することが出来ない。故に薬には方を以て言うのである。

 

熱稀粥を歠る

桂枝湯の発汗を促すために、更に熱稀粥を用い、温覆すという行為については、私は藤平先生や田畑先生から篤と、その意義を講義で以て教わってきたので、その重要性は良く認識しているつもりである。

ところが昔は、あまり注意が払われていなかったようで、奥田先生はこの点について前々から不満をもっていたようである。例えば先哲によっては、この服後の例を後人の書き入れとして削去していたり、正文とするも註釈を施していなかったり、解説を試みるも「稀粥とは薄粥を言い、之を熱するは之に由りて薬力を助く」と、極めてあっさりとした説明に終わっていたりするなどである。

そうした中で川越衡山は、次のような自説を展開している。

「『熱稀粥一升余りを啜り、以て薬力を助く』とは、是れ大いに稀粥にて以て桂枝(湯)の力を益(ま)すことを言うに似たり。然りと雖も、若し桂枝湯にして其の力の足らずんば則ち、各半、二一、越婢一(桂麻三兄弟のこと)の設け有り。豈に稀粥の力を仮ることを為さんや。是れを以て考えれば則ち桂枝、稀粥は固(もと)より其の任を両(ふた)つにす。而して相与(あいとも)に邪を去るの用に供するに於ては則ち一なり。桂枝は即ち邪を発解す。稀粥は即ち精気を鼓舞(こぶ)す。夫れ桂枝湯の邪気に於けるや、精、邪、肌分(きぶん)に結滞するなり。故に精若し伸びずんば即ち邪去らず。邪若し去らずんば即ち精伸びず。是に於てか、桂枝稀粥其の任を両つにし、而して相与に邪を去る用に供する者なり」

奥田先生は「川越氏の説は実に当を得た解釈であると考える」と述べている。

「桂枝湯は、葛根湯や麻黄湯などと違って、厳正な意味に於ける発汗剤でないことは、今更めて言うまでもない。されば桂枝湯を用うべき証にして、若し発汗の必要があるとすれば、一方に於ては桂枝湯の力を働かせ、一方に於ては粥の力を働かせ、両々相俟(ま)って茲に其の目的を達すること、上記川越氏の通りであろう。それ故に、傷寒論にも葛根湯、麻黄湯には、其の服法の条に、『粥を啜るを須(もち)いず。余は桂枝湯の法の如く消息及び禁忌す』とあるのであろう」(『古医学研究』)

因みに奥田先生は、この粥を造るには、玄米(粳米)を用いるのが一層有効であると考えて、患者に勧めていたそうである。しかし田畑先生の言では、昨今は農薬の問題が絡んでくるので、一概に玄米を推奨するわけにはいかないとのことである。

経方の権輿(けんよ)

傷寒金匱においては本方から派生した薬方が凡そ三十六方あり、その大半が臨床において枢要なる位置を占めている。尾台榕堂(おだいようどう)は『類聚方広義』(るいじゅうほうこうぎ)頭註の冒頭を「桂枝湯は、蓋し経方(古方漢方)の権輿(ものの始め)なり」と始めている。この言葉は覚えておくと良い。また「桂枝湯を以て衆方(多くの薬方)の嚆矢(始まり)と為す」とも述べている。余談だが田畑先生はここから東邦大学の調剤室を「嚆矢堂薬室」と命名された。

桂枝湯自身は、臨床においてそれほど汎用する薬方ではないが、桂枝湯から派生した薬方は、桂枝加葛根湯、葛根湯、桂枝加芍薬湯、小建中湯等頻繁に用いる。それ故桂枝湯となる生薬については、充分吟味しなければならない。特に近年桂枝と芍薬と甘草は、品物によって品質がかなり違うので、同じ分量で造っても味が違うことがあり、実際の効果に違いが出ることがある。

…以下略

『無門』第2号(2004.7.7)より

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