類聚方と類聚方広義

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〔画像/尾台榕堂の『類聚方広義』

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古方派必携の書

古方派中興の祖吉益東洞(よしますとうどう)が、『傷寒論』及び『金匱要略』から、薬方の目標となる条文を聚(あつ)め、それを薬方毎に並べ替えてまとめたものが『類聚方』(るいじゅほう)〔宝暦十二年(1762)〕〔明和元年(1764)〕です。何だそんなもんと思われた方もいるかもしれません。しかしこの条文を薬方毎に集め並べ替えることによって、薬方の運用目標である証(しょう)が非常に明確に浮かび上がり、傷寒金匱の薬方の選択が一読了解の元で絞りやすくなりました。

当時の書物には詳細な索引など殆どありませんから、一つの薬方についてすべての条文を探し出すのは大変だったでしょうし、またたとえ索引があったとしても、一々項をめくって探さなければなりませんから、そうした苦労を重ねていた方術家にとって、本書は正に満を持しての登場となりました。大変なベストセラーで、版元はいくら刷っても間に合わなかったと伝えられています。あまりに絶大な歓迎をうけたので、その後この書の体系に倣って、新たに編纂または註釈がつけ加えられたもの『類聚方集成』や『類聚方集覧』などが出版されました。

そうした類書の中で最大の評価をうけ、権威と尊敬を失わなかったものに、尾台榕堂(おだいようどう)が編纂した『類聚方広義』(るいじゅほうこうぎ)〔嘉永六年(1853)〕〔安政三年(1856)〕があります。尾台榕堂は吉益東洞を師と仰ぎ、東洞翁の『類聚方』の体系を維持しつつ、自身の長年の治験から得られた考えを頭註に記しました。この頭註が臨床上非常に有益で、学究的姿勢と情熱が結実した文章を熟読玩味するごとに、傷寒金匱の欠を補う第三の条文として機能していきます。本書は明治以降、古方を志す者にとって『傷寒論』『金匱要略』に次ぐ必携の書となっており、薬方決定において、本書を手がかりにしていきます。私も相談において大いに活用していて、実際本書の頭註を指し示して、その薬方を選んだ根拠を説明することがしばしばあります。

葛根黄連黄芩湯を「心気不定、吐血、衄血」の三黄瀉心湯の変方と解釈して「神思悒鬱(しんしゆううつ)して舒暢(じょちょう)せざる者」に用いたり、「虚労裏急云々」の小建中湯証にはもっぱら黄耆建中湯を使ったり、婦人の血の道で「故無く憎寒壮熱し、頭痛、眩運云々」する者に柴胡桂枝湯を用いたりするなど、優れた解釈が隅々にちりばめられています。


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