傷寒論2

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薬方の謎

傷寒論は約110処方の薬方を載せていますが、そのどれをとってもすばらしい効力を秘めており「奏効(そうこう)神のごとし」とか「古方の妙思議すべからず」などとも称されます。 その最初を飾る薬方が桂枝湯(けいしとう)です。桂枝湯は以下の五味から構成されます。

桂枝湯
桂枝三両 芍薬三両 生姜三両 大棗十二枚 甘草二両

桂枝(けいし)は菓子などで使うシナモン、芍薬(しゃくやく)は茶花として鑑賞されるシャクヤクの根、生姜(しょうきょう)は根ショウガ、大棗(たいそう)はナツメの果実 甘草(かんぞう)はマメ科のカンゾウの根で醤油やソースの原料です。こうして見ると芍薬以外は香辛料や甘味料といった食材として使われています。
ところが傷寒論では、この桂枝湯は中風(ちゅうふう)という比較的良性の風邪で次のような目標に使うりっぱな薬なのです。

太陽病上篇第13章
太陽病、頭痛、発熱、汗出、悪風者、桂枝湯主之

訓読
太陽病(たいようびょう)、頭痛(ずつう)、発熱(ほつねつ)、汗出(あせい)で、悪風(おふう:軽いさむけ)する者、桂枝湯之を主(つかさど)る

上記条文の運用目標に一致した病者に、傷寒論の原典に則(のっと)った分量比で各生薬を混ぜ合わせ、決められた水量で煎じた桂枝湯を飲ませると、病邪(びょうじゃ)を逐(お)いやり治癒(ちゆ)へと向かわせます。これが同じ材料を使いながらも、ある時は薬になるのに、またある時は食材にしかならない理由です。漢方薬を構成する個々の生薬は、処方になってはじめてその秘めたる力を発揮し薬になるのです。
またこの時傷寒論は、桂枝湯については、薄い粥(かゆ)を啜って蒲団に入って休ませよと細かく養生を説いています。その指示に従って寝ていると、漸次うっすらと心地良い汗をかいて病は快方に向かいます。決して滝のように流れる汗をかいてはいけません。この過程を解肌(げき)といい、この絶妙な発汗操作によって、軽微な風邪なら強い発汗剤を使わずに、体力の消耗を最小限に抑えて病を治すことができるのです。

このように傷寒論の薬方は、桂枝湯なら桂枝湯の証(しょう:薬方の運用目標)を会得し、分量や服用方法を厳格に守れば、だれが用いてもこの病(第13章の「太陽病云々」の病)は治せます。しかし逆にこの証を見極められなければ、いくら傷寒論の薬方を使っても治すことは出来ず、時には強くはね除けられてしまいます。これが傷寒論、ひいては漢方を学ぶ上での難しさであります。

ところで傷寒論では、この桂枝湯の薬味(やくみ)の加減から派生(はせい)したと考えられる薬方が、二十数処方あります。そのどれもがほんの一、二味の加減なのに、他の薬方では全く代用がきかない、独自の運用目標である「証」(しょう)をもっており、私はこれには本当に驚かされました。つまり傷寒論は条文だけでなく、その薬方の処方構成においても、一味として無駄な材料、つまり薬味を使っていないのです。これは一つ一つの薬方が、相当数の臨床経験を積み重ね、また検討を加え、その結果編み出されたとしか考えられません。どれだけの年月が費やされたのか、ちょっと想像できないくらいです。傷寒論が類い希なる書であることの片鱗を、私達はこの桂枝湯の一連の加減法から垣間見ることが出来ます。

例えばこの桂枝湯に葛根一味を加えると桂枝加葛根湯(けいしかかっこんとう)という薬方になります。

太陽病上篇第14章
太陽病、項背強、几几、反汗出、悪風者、桂枝加葛根湯主之

訓読
太陽病(たいようびょう)、項背(こうはい)強(こわ)ばること、几几(しゅしゅ)、反って汗出で、悪風(おふう)する者、桂枝加葛根湯之を主る

桂枝加葛根湯は桂枝湯ような風邪で発汗傾向にありながら、より頭痛肩こりが強い者に用います。これは桂枝葛根湯が桂枝湯より病の勢いが一段強い状態であることを示しています。「項背強、几几」の一句がその病態を必要最小限の文字数で表現しています。夏場の風邪では、これらの自汗の傾向で用いる薬方を使うことが多いです。

更に病の勢いが強くなると様相を一変させます。それが次の葛根湯です。

第31章
太陽病、項背強、几几、汗無、悪風、葛根湯主之

訓読
「太陽病(たいようびょう)、項背(こうはい)強(こわ)ばること、几几(しゅしゅ)、汗無く、悪風(おふう)するは、葛根湯之を主る」…第31章

桂枝加葛根湯では汗はまだ自然と出ていますが、葛根湯になると汗は有りません。これは葛根湯の病邪の勢いがよりいっそう強い状態にあり、より高い熱を産制しなければ病を外に逐いやることができないため、体はいったん汗腺を閉じて身構えることで、病邪とより強固な戦闘態勢(虚から実)に入ります。薬方も発汗を促す麻黄が加わります。麻黄は桂枝と組んで、発汗の主薬となります。桂枝湯では薬力を助けるために粥をすすりましたが、本方では粥をすすることを用いずに、ひたすら衣類を重ねて温かくして休むことで、体温がある閾値に達すると、しとしとと発汗し治癒します。したがって病者にも発熱に耐えうる体力が必要となります。葛根湯は冬場の流感時の風邪の漢方薬として皆さんおなじみですよね。

以上のように桂枝加葛根湯は桂枝湯の時よりも首すじから肩にかけてのこりが強く、それを「項背強、几几」という一句で表現し、葛根一味を加えることで項背のこりをほぐす働きを高めています。また葛根湯においては、更に麻黄が加わったことで、桂枝湯中の桂枝と組んで、強い発汗作用を生み出されますので、その目標も「汗出」から「無汗」に変わっています。

薬徴構造図(桂枝湯、桂枝加葛根湯、葛根湯)

尚、傷寒論の条文はこちらのサイトに載せています。
<傷寒論「太陽病上篇」>


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